めん》(朱色人面の凧、Tonka John の持つてゐたのは直徑一間半ほどあつた。)を裸の酒屋男七八人に揚げさせ、瀝青《チヤン》を作り、幻燈を映し、さうして和蘭訛の小歌を歌つた。
私はまたいろいろの小さなびいどろ罎に薄荷や肉桂水を入れて吸つて歩《ある》いた。また濃《こ》い液は白紙に垂らし、柔かに揉んで濕《しめ》した上その端々《はしばし》を小さく引き裂いては唇にあてた。さうして私の行くところにはたよりない幼兒の涙をそそるやうに、強い肉桂の香が何時《いつ》でも付き纒ふて離れなかつた。
うつし繪の面《おもて》に濕《しめ》つた仄かな油のひほひはまた新らしい七歳の夏を印象せしめる。私はよく汗のついた手首に、その繪の女王や昆虫の彩色を痒《かゆ》いほど押しては貼り、剥《はが》してはそつと貼りつけて、水路の小舟に伊蘇普《いそつぷ》物語の奇《あや》しい頁を飜《か》へした。
無邪氣な惡戲《いたづら》の末、片意地に芝居見を強請《せが》んだ末、弟を泣かした末、私は終日土藏の中に押し込《こ》められて泣き叫んだ。その窓《まど》の下には露草《つゆくさ》の仄かな花が咲いてゐた。哀れな小さい囚人はかうして泣き疲《
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