殊な縮《ちぢ》れ方をした。
 かういふ最初の記憶はウオタアヒアシンスの花の仄かに咲いた瀦水《たまりみづ》の傍《そば》をぶらつきながら、從姉《いとこ》とその背《せな》に負はれてゐた私と、つい見惚《みと》れて一緒に陷《はま》つた――その生命《いのち》の瀬戸際に飄然と現はれて救ひ上げて呉れた眞黒な坊さんが不思議にも幼兒にある忘れがたい印象を殘した。
 日が蝕《むしく》ひ、黄色い陰鬱の光のもとにまだ見も知らぬ寂しい鳥がほろほろと鳴き、曼珠沙華のかげを鼬《いたち》が急忙《あわただ》しく横ぎるあとから、あの恐ろしい生膽取は忍んで來る。薄あかりのなかに凝視《みつ》むる小さな銀側時計の怪しい數字に苦蓬《にがよもぎ》の香《にほひ》沁みわたり、右に持つた薄手《うすで》の和蘭皿にはまだ眞赤《まつか》な幼兒の生膽がヒクヒクと息をつく。水門の上を蒼白い月がのぼり、栴檀の葉につやつやと露がたまれば膽《きも》のわななきもはたと靜止して足もとにはちんちろりんが鳴きはじめる。日が暮れるとこの妄想の恐怖《おそれ》は何時《いつ》も小さな幼兒の胸に鋭利な鋏の尖端《さき》を突きつけた。
 ある夜はわれとわが靈《たましひ》の姿に
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