Tonka John の小さな頭腦に生膽取の血のついた足音を忍びやかに刻みつけながら、時々深い奈落にでも引つ込むやうに、ボーンと時を點《う》つ。
 後《のち》には晝の日なかにも蒼白い幽靈を見るやうになつた。黒猫の背なかから臭《にほひ》の強い大麥の穗を眺めながら、前《さき》の世の母を思ひ、まだ見ぬなつかしい何人《なにびと》かを探すやうなあどけない眼つきをした。ある時はまた、現在のわが父母は果してわが眞實の親かといふ恐ろしい疑《うたがひ》に罹《かか》つて酒桶のかげの蒼じろい黴《かび》のうへに素足をつけて、明るい晝の日を寂しい倉のすみに坐つた。その恐ろしい謎《なぞ》を投げたのは氣狂《きちがひ》のおみかの婆である。温かい五月の苺の花が咲くころ、樂しげに青い硝子を碎いて、凧の絲の鋭い上にも鋭いやうに瀝青《チヤン》の製造に餘念もなかつた時、彼女《かれ》は恐ろしさうに入つて來た、さうして顫へてる私に、Tonka John. 汝《おまへ》のお母《つか》さんは眞實《ほんと》のお母さんかろ、返事をなさろ、證據があるなら出して見んの――私は青くなつた、さうして駈けて母のふところに抱きついたものの、また恐ろ
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