よく近所の兒どもを集めて、あかい夕日のさし込んだ穀倉のなかで、温かな苅麥やほぐれた空俵《あきだはら》のかげを二十日鼠のやうに騷《さわ》ぎ囘つた。さうしてかくれんぼの息をひそめて、仲のいい女の兒と、とある隅の壁の方に肩を小さくして探《さが》し手を待つてゐる間に、しばしば埋もれた鶩の卵を見つけ出し、さうして棟木のかげからぬるぬる[#「ぬるぬる」に傍点]と匍ひ下る青大將のあの凄い皮肉《ひにく》な晝の眼つきを恐れた。
 日の中はかうしてうやむやに過ぎてもゆくが、夜が來て酒倉の暗い中から※[#「酉+元」、第3水準1−92−86、XXVIII−10]《もと》すり歌の櫂《かい》の音がしんみりと調子《てうし》をそろへて靜かな空の闇に消えてゆく時分《じぶん》になれば赤い三日月の差し入る幼兒《をさなご》の寢部屋の窓に青い眼をした生膽取《いきぎもとり》の「時」がくる。
 私は「夜」というものが怖《こは》かつた。何故にこんな明るい晝のあとから「夜」といふ厭な恐ろしいものが見えるのか、私は疑つた、さうして乳母の胸に犇《ひし》と抱きついては眼の色も變るまで慄《わなな》いたものだ。眞夜中の時計の音もまた妄想に痺れた
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