しくなつて逃げるやうに父のところに行つた。丁度何かで不機嫌だつた父は金庫の把手《とりて》をひねりながら鍵《かぎ》の穴に鍵をキリリと入れて、ヂロツトとその兒を振りかへつた、私はわつと泣いた。それからといふものは小鳥の歌でさへ私には恐ろしいある囁《ささや》きにきこえたのである。
 そりばつてん、Tonka John はまだ氣まぐれな兒であつた。七月が來て觀音樣の晩になれば、町のわかい娘たちはいつも奇麗な踊り小屋を作《こさ》へて、華やかな引幕をひきその中で投げやりな風俗の浮《うき》々と囀《さへ》づりかはしながら踊つた。それにあの情《じやう》の薄く我儘な私と三つ違いの異母姉《ねえ》さんも可哀《かはい》い姿で踊った。五歳《いつつ》六歳《むつつ》の私もまた引き入れられて、眞白に白粉を塗り、派出《はで》なきものをつけて、何がなしに小さい手をひらいて踊つた。

   6

 靜かな晝のお葬式《ともらひ》に、あの取澄《とりす》ました納所坊主の折々ぐわららんと鳴らす鐃※[#「金+拔の旁」、第3水準1−93−6、XXX−9]《ねうはち》の音を聽いたばかりでも笑ひ轉《ころ》げ、單に佛手柑の實が酸《す》ゆかつた
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