す……青葱畑……
いづこにか夜芝居の篠《しの》きこゆ、本釣《ほんつり》きこゆ、
恐ろしき道すがらその肩にかぢりつき、
手をのべてからめども、首すぢは『お岩』のごとく、
髪のけの青かりしかな、韮《にら》の香の噎《むせび》さへしつ。
月もなく、星もなし、
然《しか》れども或るものは戲《たはむ》[#底本は「たわむれ」と誤植、172−5]れのごと
黄なる毛のにほひして走り過ぐ――
わが乳母の魂《たま》ぎりし聲、
ゆくりなく、眼《め》に入りし
蒼き火の光なき幻影《まぼろし》。
銀色の憂鬱に、夜は青く輝《かがや》きわたり、
しんしんと水の音冴えつ。
倒れしは、わが乳母か、息絶えしその背《せ》より
ふと見れば
幽靈は冷《ひや》やかにほほゑみぬ。――あなやそは乳母。
願人坊
雪のふる夜《よ》の倉見れば
願人坊《ぐわんにんばう》を思ひ出す。
願人坊は赤頭巾《あかづきん》、
目も鼻もなく、眞白な
のつぺらぽんの赤頭巾。
「ちよぼくれちよんがら、そもそもわつちが
のつぺらぽんのすつぺらぽん、すつぺらぽんののつぺらぽんの、
坊主になつたる所謂因縁《いはくいんねん》きいてもくんねへ、
しかも十四のその春はじめて」…………
踊《をど》り出したる惡玉《あくだま》が
願人坊の赤頭巾。
かの雪の夜《よ》の酒宴《さかもり》に、
我《わ》が顫へしは恐ろしきあるものの面《かほ》、「色のいの字の」
白き道化がひと踊《をどり》…………
乳母の背なかに目を伏せて
恐れながらにさし覗《のぞ》き、
淫《みだ》らがましき身振《みぶり》をば幽かにこころ疑《うたが》ひぬ、
なんとなけれどおもしろく。
「お松さんにお竹さん、椎葺《しひたけ》さんに干瓢《かんぺう》さんと…………手練手管《てれんてくだ》」が何ごとか知らぬその日の赤頭巾、
惡玉踊《あくだまをどり》の變化《へんげ》もの。
雪のふる夜《よ》の倉見れば
願人坊を思ひ出す。
雪のふる夜《よ》に、戲《おど》けしは
酒屋男《さかやをとこ》の尻かろの踊り上手のそれならで、
最《もつと》も醜《みにく》く美しく饑《う》ゑてひそめる仇敵《あだがたき》、
おのが身の淫《たはれ》ごころと知るや知らずや。
あかんぼ
昨日《きのふ》うまれたあかんぼを、
その眼を、指を、ちんぼこを、
眞夏《まなつ》眞晝《まひる》の醜さに
憎《にく》さも憎く睨む時。
何《
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