なに》かうしろに來る音に
はつと恐れてわななきぬ。
『そのあかんぼを食べたし。』と
黒い女猫《めねこ》がそつと寄る。
ロンドン
夏の日向《ひなた》にしをれゆく
ロンドン草《さう》の花見れば
暑き砂地にはねかへる
蟲のさけびの厭はしや。
かつはさみしき唇《くちびる》に
カステラの粉をあつるとき、
ひとりとくとく乳《ちち》ねぶる
あかんぼの頭《あたま》にくらしや。
夏の日向にしをれゆく
ロンドン草よ、わがうれひ。
[#ここから4字下げ]
松葉牡丹のことをわが地方にてロンドンと呼びならはしぬ。その韻いまもわすれず。
[#ここで字下げ終わり]
接吻
臭《にほひ》のふかき女きて
身體《からだ》も熱《あつ》くすりよりぬ。
そのときそばの車百合
赤く逆上《のぼ》せて、きらきらと
蜻蛉《とんぼ》動かず、風吹かず。
後退《あとし》ざりしつつ恐るれば
汗ばみし手はまた強く
つと抱きあげて接吻《くちづ》けぬ。
くるしさ、つらさ、なつかしさ、
草は萎れて、きりぎりす
暑き夕日にはねかへる。
汽車のにほひ
汽車が來た、――釣鐘草《つりがねさう》のそばに、
何時《いつ》も羽蟻《はあり》が飛び、
黄色《きいろ》い日があたる。
JOHN は母上と人力車《じんりき》に。――
頭《あたま》のうへのシグナルがカタリ[#「カタリ」に傍点]と下る。面白いな。
もうと啼く牛のこゑ、
停車場《ステーシヨン》の方に白い夏服《なつふく》が光り、
激しい大麥の臭《にほひ》のなかを、
汽車が來る…………眞黒な鐵《てつ》の汗《あせ》の
靜まらぬとどろき、とどろき、とどろき…………
汽車が奔《はし》る…………眞面目《まじめ》な兩《ふたつ》の眼玉から
向日葵《ひぐるま》見たいに夕日を照りかへし、
焦《ぢ》れつたいやうな、泣くやうな、變に熱《あつ》い噎《むせび》を吹きつける。
油じみた皮膚のお化《ばけ》の
西洋のとどろき、とどろき、とどろき、とどろき…………
汽車が消ゆる…………ほつと息をして
釣鐘草が汗をたらし、
生れ變つたやうな日光のなかに、
停《とま》つた人力車が動き出すと、
赤い手をしたシグナルがカタリ[#「カタリ」に傍点]と上る。面白いな。
どんぐり
どんぐりの實《み》の夜《よ》もすがら
落ちて音するしをらしさ、
君が乳房に耳あてて
一夜《ひとよ》ねむればかの池に。
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