ゆるかにわたり、
畑にはからし花咲き、
雲雀また妙《たへ》にうかびぬ。

南向く白き酒倉、
そがもとにわれはその日も、
幟《のぼり》立つ野の末ながめ
ゆめのごとむきし佛手柑《ぶしゆかん》。

かすかにも囃子《はやし》はきこえ、
笛まじり風もにほへど、
父のまたゆるしたまはぬ
歌舞伎見《かぶきみ》をなにとかすべき。

かくてまたすすり泣きつつ、
實をひとり吸ひもてゆけば
酸《す》ゆかりき。あはれ、それより
われ世をば厭ひそめにき。


 青き甕


[#ここから2字下げ]
青き甕にはよくコレラ患者の死骸を入れたり、これらを幾個となく擔ぎゆきし日のいかに恐ろしかりしよ、七歳の夏なりけむ。
[#ここで字下げ終わり]
『青甕《あをがめ》ぞ。』――街衢《ちまた》に聲す。
大道に人かげ絶えて
早や七日、溝に血も饐《す》え、
惡蟲の羽風の熱さ。
日も眞夏、火の天《そら》爛《ただ》れ、

雲|燥《い》りぬ。――大家《たいけ》の店に、
人々は墓なる恐怖《おそれ》。
香《かう》くすべ、青う寢そべり、
煙管《きせる》とる肱もたゆげに、
蛇のごと眼のみ光りぬ。

『青甕《あをがめ》ぞ。』――今こそ家族《やから》、
『聲す。』『聽け。』『血糊《ちのり》の足音《あのと》。』
『何もなし。』――やがて寂寞。――
秒ならず、荷擔夫《にかつぎ》一人、

次に甕《かめ》、(これこそ死骸《むくろ》、)
また男。――がらす戸透かし
つと映る刹那――眞青《まさを》に
甕なるが我を睨みぬ。
父なりき。――(父は座《ざ》にあり。)――
ひとつ眼の呪咀《のろひ》の光。

『青甕《あをがめ》ぞ。』――日もこそ青め、
言葉なし。――蛇のとぐろを
香《かう》匐《は》ひぬ、苦熱の息吹《いぶき》。
また過ぎぬ、ひひら笑ひぬ。
母なりき。――(母も座《ざ》にあり。)――
がらす戸の冷《つめ》たき皺《しわ》み。
やがてまた一列、――あなや、
我なりき。――青き小甕に、
欷歔《さぐ》りつつ黒き血吐くと。
刹那見ぬ、地獄の恐怖《おそれ》。


 赤足袋


肩越しにうかゞふ子らに、
沙彌《しやみ》が眼《め》はなべて光りぬ。――
日の一時、水無月まなか、
大なる鐃※[#「金+拔の旁」、第3水準1−93−6、154−5]《ねうはち》ひびき、
亡者《まうじや》めく人びとあまた
香爐焚き、棺衣《がけむく》めぐり、
群《む》れつどひ、兩手《
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