* 嫁入のあくる日盛裝したる花嫁綿帽をかぶりて先に立ち、澁き紋服の姑つきそひて、町内及近親の家庭を披露してあるく、風俗花やかなれども匂いと古く雅びやかなり。[#この註、2行目以降は3字下げ]
立秋
柳河のたつたひとつの公園に
秋が來た。
古い懷月樓《くわいげつろう》の三階へ
きりきりと繰《く》り上ぐる氷水の硝子杯《コツプ》、
薄茶《うすちや》に、雪に、しらたま、
紅《あか》い雪洞《ぼんぼり》も消えさうに。
柳河のたつたひとつの遊女屋《いうぢよや》に
薊《あざみ》が生え、
住む人もないがらんどうの三階から
きりきりと繰り下ぐる氷水の硝子杯《コツプ》、
お代りに、ラムネに、サイホン、
こほろぎも欄干《らんかん》に。
柳河のたつたひとりの NOSKAI [#「NOSKAI」に「*」の著者註]は
しよんぼりと、
月の出の橋の擬寶珠《ぎぼしゆ》に手を凭《もた》せ、
きりきりと音《おと》のかなしい薄あかり、
けふもなほ水のながれに身を映《うつ》す。
「氷、氷、氷、氷…………」
* 遊女、方言。
水路
ほうつほうつと螢が飛ぶ…………
しとやかな柳河の水路《すゐろ》を、
定紋《じやうもん》つけた古い提灯が、ぼんやりと、
その舟の芝居もどりの家族《かぞく》を眠らす。
ほうつほうつと螢が飛ぶ…………
あるかない月の夜に鳴く蟲のこゑ、
向ひあつた白壁の薄あかりに、
何かしら燐のやうなおそれがむせぶ。
ほうつほうつと螢が飛ぶ…………
草のにほひする低い土橋《どばし》を、
いくつか棹をかがめて通りすぎ、
ひそひそと話してる町の方へ。
ほうつほうつと螢が飛ぶ…………
とある家のひたひたと光る汲水場《クミツ》に
ほんのり立つた女の素肌
何を見てゐるのか、ふけた夜のこころに。
酒の黴
[#ここから3字下げ]
酒屋男は罰|被《か》ぶらんが不思議、ヨイヨイ、足で米といで手で流す、ホンニサイバ手で流す。ヨイヨオイ。
[#ここで字下げ終わり]
1
金《きん》の酒をつくるは
かなしき父のおもひで、
するどき歌をつくるは
その兒の赤き哀歡《あいくわん》。
金《きん》の酒つくるも、
するどき歌をつくるも、
よしや、また、わかき娘の
父《てて》知らぬ子供生むとも…………
2
からしの花の實になる
春のすゑのさみしや。
酒をしぼる男の
肌さへもひとし
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