血しほはたんぽぽの
けふのなごりにしたたるや、
君がかなしき釣臺《つりだい》は
ひとり入日にゆられゆく…………
[#改頁]
柳河風俗詩
[#改頁]
柳河
もうし、もうし、柳河《やながは》じや、
柳河じや。
銅《かね》の鳥居を見やしやんせ。
欄干橋《らんかんばし》をみやしやんせ。
(馭者は喇叭の音《ね》をやめて、
赤い夕日に手をかざす。)
薊の生えた
その家は、…………
その家は、
舊《ふる》いむかしの遊女屋《ノスカイヤ》。
人も住はぬ遊女屋《ノスカイヤ》。
裏の BANKO [#著者註の「*」が欠字]にゐる人は、…………
あれは隣の繼娘《ままむすめ》。
繼娘《ままむすめ》。
水に映《うつ》つたそのかげは、…………
そのかげは
母の形見《かたみ》の小手鞠《こてまり》を、
小手鞠を、
赤い毛糸でくくるのじや、
涙片手にくくるのじや。
もうし、もうし、旅のひと、
旅のひと。
あれ、あの三味をきかしやんせ。
鳰《にほ》の浮くのを見やしやんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、
赤い夕日の街《まち》に入る。)
夕燒《ゆうやけ》、小燒《こやけ》、
明日《あした》天氣になあれ。
*緑臺、葡萄牙語の轉化か。
櫨の實
冬の日が灰いろの市街を染めた、――
めづらしい黄《きい》ろさで、あかるく。
濁川に、向ふ河岸《かし》の櫨《はじ》の實に、
そのかげの朱印を押した材木の置場に。
枯れ枯れになつた葦《あし》の葉のささやき、…………
潮の引く方へおとなしく家鴨《あひる》がすべり、
鰻を生けた魚籠《うけ》のにほひも澱《とろ》む。
古風な中二階の危ふさ、
欄干《てすり》のそばに赤い果《み》の萬年青《おもと》を置いて、
柳河のしをらしい縫針《ぬひはり》の娘が
物指《ものさし》を頬にあてて考へてる。
何處《どこ》かで三味線の懶《ものう》い調子、――
疲れてゆく靜かな思ひ出の街《まち》、
その裏《うら》の寂しい生活《くらし》をさしのぞくやうに
「出《いで》の橋」の朽ちかかつた橋桁《はしげた》のうへから
YORANBANSHO [#「YORANBANSHO」に「*」の著者註]の花嫁が耻かしさうに眺めてゆく。
久し振りに雪のふりさうな空合《そらあひ》から
氣まぐれな夕日がまたあかるくてりかへし、
櫨《はじ》の實の卵いろに光る梢、
をりをり黒い鴉が留まっては消えてゆく。
前へ
次へ
全70ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング