にさはるがごとく。
夏はまた唖《おふし》の水馬《すいま》、
水面《みづのも》にただ彈《はぢ》くのみ。
誰か來て、するどきナイフ
ぐさと實を突《つ》き刺せよかし。…………
無花果は、ああ、わがゆめは、
今日《けふ》もなほ赤くふくるる。
水銀の玉
初冬の朝間《あさま》、鏡をそつと反《かへ》して、
緑ふくその上に水銀の玉を載すれば
ちらちらとその玉のちろろめく、
指さきに觸るれば
ちらちらとちぎれて
せんなしや、ちろろめく、
捉へがたきその玉よ、小《ちい》さき水銀の玉。
わかき日の、わかき日の、ちろろめく水銀の玉。
接吻の後
怖ろしきその女、
なつかしきその夜。
翌《あけ》の日は西よりのぼり、
恐怖《おそれ》と光にロンドン咲く。
血のごとく赤きロンドン。
われはただ路傍《みちばた》に俯し、
青ざめてじつと凝視《みつ》めつ。
血のごとく赤きロンドン。
ロンドンに
彈《は》ねかへる甲蟲《かぶとむし》、
――ある事を知れるごとくに。
はねかへる甲蟲、
われはただロンドンに
言葉なく顫へて恐る。
――わが生の第一の接吻《キス》。
たんぽぽ
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わが友は自刄したり、彼の血に染みたる亡骸はその場所より靜かに釣臺に載せられて、彼の家へかへりぬ。附き添ふもの一兩名、痛ましき夕日のなかにわれらはただたんぽぽの穗の毛を踏みゆきぬ、友、年十九、名は中島鎭夫。
[#ここで字下げ終わり]
あかき血しほはたんぽぽの
ゆめの逕《こみち》にしたたるや、
君がかなしき釣臺《つりだい》は
ひとり入日にゆられゆく…………
あかき血しほはたんぽぽの
黄なる蕾《つぼみ》を染めてゆく、
君がかなしき傷口《きずぐち》に
春のにほひも沁み入らむ…………
あかき血しほはたんぽぽの
晝のつかれに觸《ふ》れてゆく、
ふはふはと飛ぶたんぽぽの
圓い穗の毛に、そよかぜに…………
あかき血しほはたんぽぽに、
けふの入日《いりひ》もたんぽぽに、
絶えて聲なき釣臺《つりだい》の
かげも、靈《たましひ》もたんぽぽに。
あかき血しほはたんぽぽの
野邊をこまかに顫《ふる》へゆく。
半ばくづれし、なほ小さき、
おもひおもひのそのゆめに。
あかき血しほはたんぽぽの
かげのしめりにちりてゆく、
君がかなしき傷口《きずぐち》に
蟲の鳴く音《ね》も消え入らむ…………
あかき
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