ヒアシンス、
その紫に蜻蛉《とんぼ》ゐてなにか凝視《みつ》むれ、一心に。
そのとき、われは桑の果の赤きかげより、
祭日《まつりび》の太皷の囃子《はやし》厭はしく、わが外の世をば隙見《すきみ》しぬ。
かの銀箔《ぎんぱく》の歎《なげ》きこそ魔法つかひの吐息なれ、
皮膚の痛みにえも鳴かぬ蛙の、あはれ、宙がへり。
かかる日にこそわが父母を、かかる日にこそ、
眞實《まこと》ならずと來て告げむ OMIKA [#「OMIKA」に「*」の著者註]の婆に心おびゆる。
[#数字は1字下げ、説明文は3字下げ]
1.Omika の婆。Omika と呼ぶ狂氣の老婆なり。つねにわが酒倉に來てこの酒倉はわがものぞ、この酒もわがものぞ、Tonka John 汝もわがものぞ。汝の父母と懷かしむ彼やつらは全く赤の他人にてわれこそは汝が母ぞよ。われを見て脅かしぬ。
2.ガメノシユブタ。水草の一種、方言。
[#ここで字下げ終わり]
太陽
太陽は祭日の喇叭《らつぱ》のごとく、
放たれし手品つかひの鳩のごとく、
或は閃めく藥湯《やくたう》のフラフのごとく、
なつかしきアンチピリンの粉《こな》のごとし。
太陽は紅く、また、みどりに、
幼年の手に囘《まは》す萬華鏡《ひやくめがね》のなかに光り、
※[#「轂」の「車」に代えて「米」、252−3]物の花にむせび、
薄きレンズを透かしてわが怪しき凾のそこに、
微《ほの》かなる幻燈のゆめのごとく、また街《まち》の射影をうつす。
太陽はまた合歡《カウカ》の木をねむらせ、
やさしきたんぽぽを吹きおくり、
銀のハーモニカに、秋の收穫《とりいれ》のにほひに、
或は青き蟾蜍《ワクド》の肌に觸れがたき痛みをちらす。
太陽は枯草のほめきに、玉蜀黍《たうもろこし》の風味に、
優しき姉のさまして勞《いたは》れども、
太陽は太陽は
新らしき少年の恐怖《おそれ》にぞ――身と靈との變りゆく秘密にぞ、
あまりにも眩ゆき判官《はんぐわん》のまなざしをもて
ああ、ああ、太陽はかにかくに凝視《みつ》めつつ脅かす。
夜
夜《よる》は黒…………銀箔《ぎんぱく》の裏面《うら》の黒。
滑《なめ》らかな瀉海《がたうみ》の黒、
さうして芝居の下幕《さげまく》の黒、
幽靈の髪の黒。
夜は黒…………ぬるぬると蛇《くちなは》の目が光り、
おはぐろの臭《にほひ》いやらしく、
千金丹の鞄《かば
前へ
次へ
全70ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング