黒烟《くろけぶり》深《ふか》き峡《はざま》は
一面《いちめん》に血潮ながれて、
いま赤く人|轢《し》くけしき。
稲妻す。――嗚呼|夜《よ》は一時《いちじ》。
[#地付き]三十九年九月


  解纜

解纜《かいらん》す、大船《たいせん》あまた。――
ここ肥前《ひぜん》長崎港《ながさきかう》のただなかは
長雨《ながあめ》ぞらの幽闇《いうあん》に海《うな》づら鈍《にぶ》み、
悶々《もんもん》と檣《ほばしら》けぶるたたずまひ、
鎖《くさり》のむせび、帆のうなり、伝馬《てんま》のさけび、
あるはまた阿蘭船《おらんせん》なる黒奴《くろんぼ》が
気《き》も狂《くる》ほしき諸ごゑに、硝子《がらす》切る音《おと》、
うち湿《しめ》り――嗚呼《ああ》午後《ごご》七時――ひとしきり、落居《おちゐ》ぬ騒擾《さやぎ》。

解纜《かいらん》す、大船あまた。
あかあかと日暮《にちぼ》の街《まち》に吐血《とけつ》して
落日《らくじつ》喘《あへ》ぐ寂寥《せきれう》に鐘鳴りわたり、
陰々《いんいん》と、灰色《はいいろ》重き曇日《くもりび》を
死を告《つ》げ知らすせはしさに、響は絶《た》えず
天主《てんしゆ》より。――闇
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