く戸を押せど、はては敲《たた》けど、
色濁る扉《とびら》はあかず。
室《むろ》の内《うち》暑く悒鬱《いぶせ》く、またさらに嬰児《みどりご》笑ふ。

かくて、はた、硝子《がらす》のなかのすすりなき
蝋《らふ》のあかりの夜《よ》を待たず尽きなむ時よ。
あはれ、また母の愁《うれひ》の恐怖《おそれ》とならむそのみぎり。

あはれ、子はひたに聴き入る、
珍《めづ》らなるいとも可笑《をか》しきちやるめらの外《そと》の一節《ひとふし》。
[#地付き]四十一年六月


  鉛の室

いんき[#「いんき」に傍点]は赤し。――さいへ、見よ、室《むろ》の腐蝕《ふしよく》に
うちにじみ倦《うん》じつつゆくわがおもひ、
暮春《ぼしゆん》の午後《ごご》をそこはかと朱《しゆ》をば引《ひ》けども。

油じむ末黒《すぐろ》の文字《もじ》のいくつらね
悲しともなく誦《ず》しゆけど、響《ひび》らぐ声《こゑ》は
※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]《さ》びてゆく鉛《なまり》の悔《くやみ》、しかすがに、

強《つよ》き薫《くゆり》のなやましさ、鉛《なまり》の室《むろ》は
くわとばかり火酒《ウオツカ》のごとき噎《むせ》びし
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