ウ、人はただ街《まち》をばながむ。
[#ここで字下げ終わり]

灯《あかり》点《とも》る、さあれなほ梢《こずゑ》はにほひ、
全《また》くいま暮れはてし下枝《しづえ》のゆらぎ……
[#地付き]四十一年八月


  雨の日ぐらし

ち、ち、ち、ち、と、もののせはしく
刻《きざ》む音《おと》……

河岸《かし》のそば、
黴《かび》の香《か》のしめりも暗し、

かくてあな暮れてもゆくか、
駅逓《えきてい》の局《きよく》の長壁《ながかべ》
灰色《はひいろ》に、暗きうれひに、
おとつひも、昨日《きのふ》も、今日《けふ》も。

さあれ、なほ薫《くゆ》りのこれる
一列《ひとつら》の紅《あか》き花《はな》罌粟《けし》
かたかげの草に濡れつつ、
うちしめり浮きもいでぬる。

雨はまたくらく、あかるく、
やはらかきゆめの曲節《めろでい》……

ち、ち、ち、ち、と絶えずせはしく
刻《きざ》む音……
角※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]の玻璃《はり》のくらみを
死《し》の報知《しらせ》ひまなく打電《う》てる。
さてあればそこはかとなく
出でもゆく
薄ぐらき思《おもひ》のやから
その歩行《あるき》夜《よ》
前へ 次へ
全122ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング