白n付き]四十年十二月
こほろぎ
微《ほの》にいまこほろぎ啼《な》ける。
日か落つる――眼《め》をみひらけば
朱《しゆ》の畏怖《おそれ》くわと照《て》りひびく。
内心《ないしん》の苦《にが》きおびえか、
めくるめく痛《いた》き日の色
眼《め》つぶれど、はた、照りひびく。
そのなかにこほろぎ啼ける。
とどろめく銃音《つゝおと》しばし、
痍《きず》つける悪《あく》のうごめき
そこここに、あるは疲《つか》れて
轢《し》きなやむ砲車《はうしや》のあへぎ、
逃げまどふ赤きもろごゑ。
そのなかにこほろぎ啼ける。
盲《めし》ひ、ゆく恋のまぼろし――
その底に疼《うず》きくるしむ
肉《ししむら》の鋭《するど》き絶叫《さけび》、
はた、暗《くら》き曲《きよく》の死《し》の楽《がく》
霊《たましひ》ぞ弾きも連《つ》れぬる。
そのなかにこほろぎ啼ける。
あなや、また呻吟《うめき》は洩《も》るる。
鉛《なまり》めく首のあたりゆ
幽界《いうかい》の呪咀《のろひ》か洩るる。
寝《ね》がへれば血に染み顫《ふる》ふ
わが敵《かたき》面《おも》ぞ死にたる。
そのなかにこほろぎ啼ける。
はた、裂
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