「ま埃及《えじぷと》の夜《よ》とやなるらむ。
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からら、からら、ら、ら、ら……
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烏いまはたはたと遠く飛び去り、
窓《まど》にただ色あかき燈火《ともしび》点《とも》る。
[#地付き]四十一年八月


  夢の奥

ほのかにもやはらかきにほひの園生《そのふ》。
あはれ、そのゆめの奥《おく》。日《ひ》と夜《よ》のあはひ。
薄《うす》あかる空の色ひそかに顫《ふる》ひ
暮れもゆくそのしばし、声なく立てる
真白《ましろ》なる大理石《なめいし》の男《をとこ》の像《すがた》、
微妙《いみ》じくもまた貴《あて》に瞑目《めつぶ》りながら
清《きよ》らなる面《おも》の色かすかにゆめむ。

ものなべてさは妙《たへ》に女《をみな》の眼《め》ざし
あはれそが夢ふかき空色《そらいろ》しつつ、
にほやかになやましの思《おもひ》はうるむ。
そがなかに埋《う》もれたる素馨《そけい》のなげき、
蒸《む》し甘き沈丁《ぢんてう》のあるは刺《さ》せども
なにほどの香《か》の痛《いた》み身にしおぼえむ。
わかうどは声もなし、清《きよ》く、かなしく。

薄暮《たそがれ》にせきもあへぬ
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