m#地付き]四十一年十二月


  麦の香

嬰児《あかご》泣く……麦の香《か》の湿《しめ》るあなたに、
続《つゞ》け泣く……やはらかに、なやましげにも、
香《か》に噎《むせ》び、香《か》に噎《むせ》び、あはれまた、嬰児《あかご》泣きたつ……
夏の雨さと降《ふ》り過《す》ぎて
新《あらた》にもかをり蒸《む》す野の畑《はた》いくつ湿《しめ》るあなたに、
赤き衣《きぬ》一《ひと》きは若《わか》く、にほやかにけぶる揺籃《ゆりご》や、
磨硝子《すりがらす》、あるは窓枠《まどわく》、濡《ぬ》れ濡《ぬ》れて夕日《ゆふひ》さしそふ。
[#地付き]四十一年十二月


  曇日

曇日《くもりび》の空気《くうき》のなかに、
狂《くる》ひいづる樟《くす》の芽《め》の鬱憂《メランコリア》よ……
そのもとに桐《きり》は咲く。
Whisky《ウイスキイ》 の香《か》のごときしぶき、かなしみ……

そこここにいぎたなき駱駝《らくだ》の寝息《ねいき》、
見よ、鈍《にぶ》き綿羊《めんやう》の色のよごれに
饐《す》えて病《や》む藁《わら》のくさみ、
その湿《しめ》る泥濘《ぬかるみ》に花はこぼれて
紫《むらさき》の薄《う
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