えぬ。
沈痛《ちんつう》の呻吟《うめき》この時、
闇重き夜色《やしよく》のなかに
蓬髪《ほうはつ》の男|蹌踉《よろめ》き
落涙《らくるゐ》す、蒼白《あをじろ》き頬《ほ》に。
[#地付き]三十九年八月


  立秋

憂愁《いうしう》のこれや野の国、
柑子《かうじ》だつ灰色のすゑ
夕汽車《ゆふぎしや》の遠音《とほね》もしづみ、
信号柱《シグナル》のちさき燈《ともしび》
淡々《あはあは》とみどりにうるむ。

ひとしきり、小野《をの》に細雲《ほそぐも》。
南瓜畑《かぼちやばた》北へ練《ね》りゆく
旗赤き異形《ゐぎやう》の列《れつ》は
戯《おど》けたる広告《ひろめ》の囃子《はやし》
賑《にぎ》やかに遠くまぎれぬ。

うらがなし、落日《いりひ》の黄金《こがね》
片岡《かたおか》の槐《ゑんじゆ》にあかり、
鳴きしきる蜩《かなかな》、あはれ
誰《たれ》葬《はふ》るゆふべなるらむ。
[#地付き]三十九年八月


  玻璃罎

うすぐらき窖《あなぐら》のなか、
瓢状《ひさごなり》、なにか湛《たた》へて、
十《とを》あまり円《まろ》うならべる
夢《ゆめ》いろの薄《うす》ら玻璃罎《はりびん》。

静《しづ》
前へ 次へ
全122ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング