六十一種といふ名香の中に、紅塵、富士煙《ふじのけぶり》などは名からして煙つてゐる。一字の月、卓、花は何と近代の新感情を盛ることか。ことに隣家《りんか》にいたつては、秋深うして思ひ切なるものがある。

     14

香ひをこめた色、それが匂なのだらう。鴎外先生は匂をつかはず、常に※[#「つつみがまえ+にすい」、第3水準1−14−75、237−12]と書かれた。私も※[#「つつみがまえ+にすい」、第3水準1−14−75、237−13]としてみたが、どうにも香ひがこもらぬやうな気がして、このごろはまた匂に還つた。

     15

白薔薇はその葉を噛んでも白薔薇の香ひがする。その香ひは枝にも根にも創られてゐる。花とはじめて香ひが開くのではない。白薔薇の香ひそのものがその花を咲かすのである。

     16

手についた香ひなら墓場まで持つてゆかねばなるまい。

     17

香ひにも、眼があるやうな気がする。光葉《てりは》の茨《ばら》の花むらに頭を突つ込んでみい。

     18

香魚《あゆ》は魚なのか香ひなのか。鮎鷹の胃嚢なら知つてゐよう。山女魚《やまめ》は魚なのか、水の
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング