気なのか、こんがりとでも焼いたら、その香ひはとろ火で反りかへる。奥さんめしあがつてみてください。

     19

鼻につくからといつて香ひのせゐにするのはひどい。あまり近寄つたり、馴れつこにおなりなさらぬがよい。

     20

梅に鶯が類型で古典的だといふなら、外の小鳥をとまらせて御覧なさい。なかなかしつくりとはゆかぬものだ。したがまた梅に鶯ばかりでもどういふものかな。

     21

手と歳月で磨いた古鏡には香ひがあらう。むしろ魂で磨いてあるからだ。曇つたら曇つたでなほとゆかしい香ひはこもる。あの硝子に水銀と朱をなすつた板の鏡の中には、たとひ色の世界は映つても香ひは染み入りさうにもない。春雨でも外《そと》にけぶつてゐればまたちがふ味もこもるであらうが。

     22

香ひを嗅ぐにも角度がある。香ひの光を三稜鏡《プリズム》に透かして見たら、目も綾なものがあらう。

     23

香ひからはじまる夢もある。しかし多くは白日の夢だ。香ひはロマンチシズムの濛気のやうで、その実きはめてリアルなものだ。何れをもとりあつめて深くなるほど悩ましい。

     24

香ひの
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング