5
音波の無いところに香ひはない。リズムの無いところに香ひは揺り曳《ひ》かない。真空鐘の中には香ひは無い。
6
香ひの流れといふものが眼に見えるなら、どんなに微塵の感情が泳いでゐるか色に現れるであらう、あの金粉酒のやうに。
7
うら声といふのがある。象《すがた》には影が添ふ。香ひにも何かと湿るものがある。銀箔の裏は黝い。裏漉しの香ひそのものこそ香ひらしく染み出して来る。
8
香ひはほろびない。花は了へても香ひはのこる。始めもなく終りも無い。消えるやうに思へるのは色を眼のみで観る人の錯覚である。香ひは染みこむ、分解する。
9
君は香ひを鼻で嗅いでゐるのか。香ひは耳で聞き、皮膚で聞き、心頭で風味すべきものなのを。
10
香ひは鼻でのみ嗅ぐものなら、人は猫にも劣るであらう。だがね、猫は鼻で嗅ぐよりはいつそ食べてる。
11
香ひに神を聞く人こそ上無き感性の人であらう。詩も風味すべきは香ひにある。
12
蹠《あしのうら》で香ひを聞くもの、それは鼠のみではあるまい。
13
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