しょうし》笑止《しょうし》、めくら鬼。
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お山の大将
みろやい、ひととび、
おりゃここだ、
だァれもこれまい、
おれひとり。
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上へいった
上へいった、いった、いった。
下へいった、いった、いった。
前へいった、うしろへいった。
ぐるぐるぐるとまァわった。
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みんなして森へ
(五つの指のさきをつついてうたう)
一 このぶた申す。みんなして森へ。
二 このぶた申す。なにしに森へ。
三 このぶた申す。お母さんにあいに。
四 このぶた申す。そしてそしてどうするの。
五 このぶた申す。かじりついてキッスしよ、キッスしよ。
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このぶた、ちびすけ
(おなじく)
一 このぶた、ちびすけ、市場《いちば》へまいった。
二 このぶた、ちびすけ、お留守番でござる。
三 このぶた、ちびすけ、牛肉あぶった。
四 このぶた、ちびすけ、なァんにももたなんだ。
五 このぶた、ちびすけ、ういういうい。
いっしょにお家《うち》へ、よいとこらしょ。
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おくつをはかしょ
(五つの足をつつきながらうたう)
一 おくつをはかしょ、こうまにはかしょ。
二 めうまにはかしょ。
三 ふくろを背《せな》にのしょ。
四 しょったか、みよよ。
五 しょったら、麦よ。
しょわなきゃ、脳みそぶっつゥぶしょ。
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ながい尾のぶたに
ながい尾のぶたに、
みじかい尾のぶたに、
尾のないぶたに、
めぶたにおぶた、
まきじっぽのこぶた。
あァがった、あがった
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甲 あァがった、あがった、はしご段を二つ。
乙 ちょうど、わたしのとおりよ。
甲 あァがった、あがった、はしご段を四つ。
乙 ちょうど、わたしのとおりよ。
甲 おへやへはいった。
乙 ちょうど、わたしのとおりよ。
甲 お窓の外《そォと》をなァがめた。
乙 ちょうど、わたしのとおりよ。
甲 そこでおさるをみィつけた。
乙 ちょうど、わたしのとおりよ。
ワン、ツウ、スリイ、
フォア、ファイブ
ワン、ツウ、スリイ、フォア、ファイブ、
魚《さかな》をピンピンつかまえた。
なぜそれにがした。
指をかんだ、手をかんだ。
どっちの指かァんまれた。
この右の小指よ。
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顔あそび
殿《との》さま、御着座《おちゃくざ》。(額)
ふたりの御家来《ごけらい》。(両方の眼)
おんどり。(右のほお)
めんどり。(左のほお)
いそいで御入来《ごじゅらい》。(口)
チンチョッパア、チンチョッパア。
チンチョッパア、チン。(あごをなでる)
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このベル
このベルならした。
(髪の毛を一つまみ、ひっぱる)
このドアたたいた。
(額をたたく)
この錠《じょう》はずした。
(鼻をつまみあげる)
さあ、さあ、はいりましょ。
(口をあいて指を中へつっこむ)
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足
二本足がすわった、三本足の上に。
一本足をしゃぶった。
四本足《しほんあし》がやってきて、
一本足さらってにげてった。
二本足がとびあがり、
三本足をひっつかみ、
四本足めがけてなげつけた。
そこで一本足をとりかァえした。
(注)一本足は牛の骨、二本足は人間、三本足は腰かけ、四本足は犬。
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一番目のお床
一番さきにねた子に金の財布《さいふ》、
二番目にねた子に金の雉子《きじ》、
三番目にねた子に金の小鳥。
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おしまい
よぼよぼがらすが
一羽地にとまった。
そこでお謡《うた》もちゃんちゃんだ。
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巻末に
「マザア・グウス」の童謡は市井《しせい》の童謡である。純粋な芸術家の手になったのではなかろう。しかし、それだからといって一概に平俗野卑だというわけにはゆかない。日本の在来の童謡、すなわち私たちが子供のときにいつも手拍子をたたいてはうたったかの童謡はやはり民衆それ自身のものであった。だれのなにがしという有名な詩人の手になったのではない。自然にわきあがってきた民族としての子供の声であった。その中にはむろん平俗なのもあった、いかがわしい猥雑《わいざつ》なおとなのものもあった。しかしほんとうの子供の声はその中にあった。すぐれて光っていた。これを思わなくてはならない。本来の民謡なるものは、野山の木萱《きかや》のそよぎそのものからおのずとわきでたものである。はじめはだれが歌ったとなく歌いだされて、つぎつぎに歌い伝えられて、歌いなおされて、ほんとうに洗練されたいいものばかりが永く残ることになったのである。で、その長い民族精神の伝統ということについて充分に尊重しなければならない。この意味で日本在来の童謡は日本の童謡の本源であり本流である。「マザア・グウス」もおなじく英国童謡の本源とみなしていいであろう。こうした民族の伝統ということを考えないで、ただ優秀な詩人の手になるもののみが真の高貴な歌謡だと思うのはまちがいであろう。私はそうした妙な詩人気取りはきらいである。
ほんとうを言うと、民謡とか童謡とかいうものは、たとえそれがある種の詩人の作だったにせよ、その歌謡が一般民衆のものとなった以上、その作者の名は忘れられて、その歌謡だけがすべての民衆のものとなる。そうして残れば残るだけ、その歌謡は民謡として成功したものだといいうる。すなわち作者の名が忘れられれば忘れられるだけ、ほんとうの民謡として光あるものであるのだ。
今日「マザア・グウス」の童謡として伝えられているもののうち、グウス夫人の作がむろんすべてであるとは思えぬ。いろいろ作者未詳のもの、子供そのものの声が混入しているにちがいない。グウス夫人の名すらも英国その他の英語本位の国々では忘れられて、子供たちはいわゆるお母さんがちょうの謡《うた》だと思っている。読まれるということよりも歌いはやされている。すなわちイギリス民族そのものの童謡となっている。この民衆そのものの歌謡を決して侮ってはならない。
ことにその快活、その機智、その鋭い諷刺《ふうし》、無邪、諧謔《かいぎゃく》、豊潤な想像、それらのたぐいまれな種々相にはさすがに異常な特殊の光が満ちている。むろん、これらの中には純粋な芸術上の立場から見ると、多少の玉石|混淆《こんこう》は免れぬ。しかしこれは民謡としての紹介にはしかたのないものである。だから芸術品として見てもずいぶんいいと思うものがある代わり、ずっと品位の落ちたのも少々はある。それにしてもどうにも棄てるには惜しいなんらかの鋭さが蔵されている。で、私は拾った。ただ無批判に手当たり次第に訳したのではない。これでないと「マザア・グウス」の大体がはっきりしないからである。子供というものはそうビクビクして教育しなくともよい。私は子供の叡智《えいち》を信じている。
私はまたこれらの Nursery Rhymes を訳しながら、洋の東西を問わず子供の感情ないし感覚生活ということについてはほとんどおんなじだということに驚かされた。この中の「てんとうむし」のごときは全然日本の「からすからす」の童謡とそっくりではないか。幾つかの「ででむし」の謡《うた》のごとき、またほとんど同じではないか。
ただ、彼においてはきわめて都会的な軽快味とその縦横|無碍《むげ》の機智とにずばぬけている代わり、日本の子守唄のようなほんとにしみじみとしたあの人情味には欠けていはしまいかと思われる。で、私は日本在来の民謡やそうした子守唄のありがたさをつくづくと顧みた。ただここでは委細の比較は読者にお任せする。
私がこの集に訳出したのは「マザア・グウス」の童謡を主として、なお英米児童の間に行なわれている遊戯唄ねんねこ唄その他のものを取り混ぜた。
翻訳するに当たっては四、五種の童謡集、楽譜等をかれこれ参照した。同一の童謡でもいろいろ歌いくずされたり、抜かしたりしてある。はなはだしいのは肝腎《かんじん》な個所で全然反対の意に変わっているのもある。そういうのは最もいいと信じたものから選択した。この集の序詩のごときはどの本をのぞいてもところどころ抜けていた。で、みんなから綜合《そうごう》してあのとおりにまとめてしまった。しかしどの聯《れん》もどの行も私の自儘《じまま》に作り足したのはない、そのままそろえて完全な一つのものとしたのである。
元来、翻訳ということはむずかしい。とりわけ韻文の翻訳は難行である。語学者でもなく、学力も乏しい私が、この難事に身を入れることはかなりはばかられることではあるが、ただ幸いに私は詩を作っている、民謡としての日本のことばをどうにか風味してきた。で、詩とか民謡とかについては、その真精神、そのリズムの動き方等にはまずまず相当の理解を持っているつもりである。で、その力を頼りにともかくやりはじめてみたのであった。
第一の困難は、これらの童謡はむろん手拍子足拍子で歌うべきものであるので、訳もまたきわめて民謡風の動律で、全然歌うようにしなければならない。で、原謡のリズムの動き方についてはそのとおりそのままの推移法を必要とする。これを違った国のことばで移そうとするのはかなり無理なことである。そしてまた歌えるようにするのはなおさらである。
で、ある少数の例外を除いて、私はなるべく一行ずつほとんど逐次に訳していった。大体において逐次訳といっていい。そのおかげて私は創作以上の苦しみをなめた。
もっとも、一昨年あたり、はじめてこのことに着手した当座はまだ不馴れで、充分手に入らなかったゆえに、謡いものとするために多少の手加減をしなければ思うように訳せなかった。それが次第に厳格な逐次訳でどうにか納めていけるようになった。で、この中には少数の手加減を入れた例外がある。
それから、Rain, rain go to Spain というような音韻上の引っかけことばのものは訳しようとするのがそもそもの無理であるから訳しなかった。「雨、雨、スペインへ」では原謡のおもしろみがなくなるからである。日本でなら「雨、雨、安房《あわ》へ」というふうにあ[#「あ」に傍点]の韻で掛けてゆくべきものである。
Baa, Baa, Black Sheep というようなのも困った。すべてBでいっているのであるが、日本の黒羊のく[#「く」に傍点]にBは掛からない。かといって、「くうくう黒羊」でも羊のなき声は出ない。「なけなけ、黒羊」では意味だけのものになる。意味だけのものでは、ほんとうの訳にはならないのだ。しかたがなければその言語のまま生きさせるほかに道がない。
「やぶ医者のフォスタアさんが、グロオスタアへいって」というふうのものはこれもことばの上の引っかけであるが、固有の名詞でそのままやれるから、そのとおりにしておいた。「お医者さまの西庵《さいあん》さんが埼玉《さいたま》へいって」というふうのしゃれだ。これは両方が固有名詞でいってるのでそのままでいいが、雨とスペインのごとく、一つが普通名詞である場合はまったく困ってしまう。で、あるものは「とっぴょくりんのチャアレエが」と訳しては原謡の妙味が出ない場合に「とっぴょくりんのとん吉が」というふうにと[#「と」に傍点]で掛けたのもある。これはとん吉そのものが人名というより、「とっぴょくりん」そのものが通称化されているからさして障《さわ》りにはならないし、チャアレエという人名は原謡にはただ音韻上のしゃれに使用したまでで、それ以上のものでないから本質的の引っかけの妙味を主として訳したのである。しかしこうした例はこれくらいである。
それからまた、
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月の中の人が
ころがっておちて、
北へゆく道で
南へいって
凝《こご》えた豌豆汁《えんどうじる》で
お舌をやいてこォがした。
[#ここで字下げ終わり]
の原謡では「ノルウィッチへいく道をきいて、南へいって」であるが、ノルウィッチはロンドンの北に当たるので、本質の精神は北へが南と対照して、ノルウィッチを知らな
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