に天皇御|躬《み》ずから玉箒を以て蚕卵紙を掃《はら》い、鋤鍬《すきくわ》を以て耕す御態をなしたもうた。そして豊年を寿《ことほ》ぎ邪気を払いたもうたのちに、諸王卿等に玉箒を賜わった。そこでこの歌がある。現に正倉院御蔵の玉箒の傍《かたわら》に鋤があってその一に、「東大寺献天平宝字二年正月」と記してあるのは、まさに家持が此歌を作った時の鋤《すき》である。「ゆらぐ玉の緒」は玉箒の玉を貫《ぬ》いた緒がゆらいで鳴りひびく、清くも貴い瑞徴《ずいちょう》として何ともいえぬ、というので、家持も相当に骨折ってこの歌を作り、流麗《りゅうれい》な歌調のうちに重みをたたえて特殊の歌品を成就《じょうじゅ》している。結句は全くの写生だが、音を以て写生しているのは旨《うま》いし、書紀の瓊音※[#「王+倉」、下−183−13]々《けいおんそうそう》などというのを、純日本語でいったのも家持の力量である。但し此歌は其時中途退出により奏上せなかったという左注が附いている。
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水鳥《みづどり》の鴨《かも》の羽《は》の色《いろ》の青馬《あをうま》を今日《けふ》見《み》る人《ひと》はかぎり無《な》しといふ 〔巻二十・四四九四〕 大伴家持
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同じく正月七日の侍宴(白馬の節会《せちえ》)の為めに、大伴家持が兼ねて作った歌だと左注にある。「水鳥の鴨の羽の色の」は「青」と云わんための序である。「青馬」は公事根源《くじこんげん》に、「白馬の節会をあるひは青馬の節会とも申すなり。其の故は馬は陽の獣なり。青は春の色なり。これによりて、正月七日に青馬を見れば、年中の邪気を除くという本文|侍《はべ》るなり」とある。馬の性は白を本とするといったから、当時アヲウマと云って、白馬を用いていたという説もあるが、私には精《くわ》しい事は分からない。「限りなしといふ」とは、寿命が限《かぎり》無いというのであるが、この結句は一首の中心をなすものであり、据わりも好いし、恐らく、これと同じ結句は万葉にはほかになかろうか。中味は、「今日見る人は」とこの句のみだが、割合に落着いていて佳《よ》い歌である。家持は、こういう歌を前以て作っていたということを正直に記してあるのも興味あり、このくらいの歌でも、即興的に口を突いて出来るものでないことは実作家の常に経験するところであるが、
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