山橘は藪柑子《やぶこうじ》で赤い実が成るので赤玉ともいっている。一首は、この大雪が少くなった残雪の頃《ころ》にみんなして行こう。そして山橘の実が真赤に成っているのを見よう、というので、雪の中に赤くなっている藪柑子の実に感興を催したものである。「いざ行かな」と促した語気に、皆と共に行こうという、気乗のしたことがあらわれているし、「実の照るも見む」は美しい句で、家持の感覚の鋭敏を示すものである。なお、家持には、「消《け》のこりの雪にあへ照る足引の山橘を裹《つと》につみ来《こ》な」(巻二十・四四七一)という歌もあって、山橘に興味を持っていることが分かる。この巻十九の歌の方が優《まさ》っている。
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韓国《からくに》に往《ゆ》き足《た》らはして帰《かへ》り来《こ》む丈夫武男《ますらたけを》に御酒《みき》たてまつる 〔巻十九・四二六二〕 多治比鷹主
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天平勝宝四年|閏《うるう》三月、多治比《たじひ》真人|鷹主《たかぬし》が、遣唐副使大伴|胡麿宿禰《こまろのすくね》を餞《うまのはなむけ》して作った歌である。「行き足らはして」は遣唐の任務を充分に果してという意。「御酒」は、祝杯をあげることで、キは酒の古語で、「黒酒《くろき》白酒《しろき》の大御酒《おほみき》」(中臣寿詞《なかとみのよごと》)などの例がある。この一首は、真面目に緊張して歌っているので、こういう寿歌の体《たい》を得たものである。この歌で注意すべきは、「行き足らはして」の句と、「御酒たてまつる」という四三調の結句とであろう。この作者の歌はただ一首万葉集に見えている。
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新《あらた》しき年《とし》の始《はじめ》に思《おも》ふどちい群《む》れて居《を》れば嬉《うれ》しくもあるか 〔巻十九・四二八四〕 道祖王
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天平勝宝五年正月四日、石上《いそのかみ》朝臣|宅嗣《やかつぐ》の家で祝宴のあった時、大膳大夫|道祖王《ふなとのおおきみ》が此歌を作った。初句、「あらたしき」で安良多之《アラタシ》の仮名書の例がある。この歌は、平凡な歌だけれども、新年の楽宴の心境が好《よ》く出ていて、結句で、「嬉しくもあるか」と止めたのも率直で効果的である。それから、「おもふどちい群れてをれば」も、心
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