がね 〔巻十九・四一六五〕 大伴家持
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大伴家持作、慕[#レ]振[#二]勇士之名[#一]歌一首で、山上憶良《やまのうえのおくら》の歌に追和したと左注のある長歌の反歌である。憶良の歌というのは、巻六(九七八)の、「士《をのこ》やも空《むな》しかるべき万代《よろづよ》に語り継ぐべき名は立てずして」というのであった。憶良の歌は病牀にあって歎いたものだが、家持のは、父祖の功績をおもい現在自分の身上を顧みての感慨を吐露したものである。長歌には、「ますらをや空しくあるべき」という句が入ったり、「足引の八峰踏み越え、さしまくる心さやらず、後の代の語りつぐべく、名を立つべしも」という句が入ったり、兎《と》に角《かく》憶良の歌を模倣しているのは、憶良の歌を読んで感奮したからであろう。
一首の意は、大丈夫たるものは、まさに名を立つべきである。後代その名を聞く人々が、またその名を人々に語り伝えるように、そうありたいものだ、というのである。「がね」は、そういうようにありたいと希望をいい表わしている。「里人も謂《い》ひ継ぐがねよしゑやし恋ひても死なむ誰が名ならめや」(巻十二・二八七三)、「白玉を包みてやらば菖蒲《あやめぐさ》花橘にあへも貫《ぬ》くがね」(巻十八・四一〇二)等の例がある。なお笠金村《かさのかなむら》が塩津山で作った歌、「丈夫《ますらを》の弓上《ゆずゑ》ふり起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね」(巻三・三六四)があって、家持はそれをも取入れて居る。つまり此一首は憶良の歌と金村の歌との模倣によって出来ていると謂ってもいい程である。家持は先輩の作歌を読んで勉強し、自分の力量を段々と積みあげて行ったものであるが、彼は先輩の歌のどういうところを取り用いたかを知るに便利で且つ有益なる歌の一つである。憶良の歌の、「空しかるべき」は切実な句であるが、それは長歌の方に入れたから、これでは「名をし立つべし」とした。憶良の歌に少し及ばないのは既にこの二句の差に於《おい》てあらわれている。
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この雪《ゆき》の消《け》のこる時《とき》にいざ行《ゆ》かな山橘《やまたちばな》の実《み》の照《て》るも見《み》む 〔巻十九・四二二六〕 大伴家持
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大伴家持が、天平勝宝二年十二月雪の降った日にこの歌を作った。
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