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雑歌。「早馬駅《はゆまうまや》」は、早馬《はやうま》を準備してある駅《うまや》という意。「堤井」は、湧いている泉を囲った井で、古代の井は概《おおむ》ねそれであった。一首の意は、鈴の音の聞こえる、早馬のいる駅(宿場)の泉の水は、どうか美しいあなたの直接の手でむすんで飲ましてください、というのである。この歌も、早馬を引く馬方などの口でうたわれたものか、少くともそういう場処が作歌の中心であっただろう。そして駅には古《いにしえ》もかわらぬ可哀《かあい》い女がいただろうから、そこで、「妹が直手《ただて》よ」という如き表現が出来るので、実にうまいものである。「直手よ」の「よ」は「より」で、直接あなたの手からというのである。いずれにしても快い歌である。
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おもしろき野《ぬ》をばな焼《や》きそ古草《ふるくさ》に新草《にひくさ》まじり生《お》ひは生《お》ふるがに 〔巻十四・三四五二〕 東歌
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こころよいこの春の野を焼くな。去年の冬枯れた古草にまじって、新しい春の草が生えて来るから、というので、「生ふるがに」は、生うべきものだからというぐらいの意である。「おもしろし」も今の語感よりも、もっと感に入る語感で、万葉で※[#「りっしんべん+可」、下−120−6]怜の字を当てているのを以ても分かる。こころよい、なつかしい、身に沁《し》みる等と翻《ほん》していい場合が多い。※[#「りっしんべん+可」、下−120−7]怜を「あはれ」とも訓むから、その情調が入っているのである。この歌の字面はそれだけだが、この歌は民謡で、野の草を哀憐《あいれん》する気持の歌だから、引いて人事の心持、古妻《ふるづま》というような心持にも聯想《れんそう》が向くのであるが、現在の私等はあっさりと鑑賞して却って有益な歌なのかも知れない。
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稲《いね》舂《つ》けば皹《かが》る我《あ》が手《て》を今宵《こよひ》もか殿《との》の稚子《わくご》が取《と》りて嘆《なげ》かむ 〔巻十四・三四五九〕 東歌
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「皹《かが》る」は、皹《ひび》のきれることで、アカガリ、アカギレともいう。「殿の稚子《わくご》」は、地方の国守とか郡守とか豪族とかいう家柄の若君をいうの
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