で、歌う者はそれよりも身分の賤《いや》しい農婦として使われている者か、或は村里の娘たちという種類の趣《おもむき》である。一首の意は、稲を舂《つ》いてこんなに皹《ひび》の切れた私の手をば、今夜も殿の若君が取られて、可哀そうだとおっしゃることでしょう、御一しょになる時にお恥しい心持もするという余情がこもっている。内容が斯《か》く稍《やや》戯曲的であるから、いろいろ敷衍《ふえん》して解釈しがちであるが、これも農民のあいだに行われた労働歌の一種で、農婦等がこぞってうたうのに適したものである。それだから「殿の若子《わくご》」も、この「我が手」の主人も、誰《たれ》であってもかまわぬのである。ただこの歌には、身分のいい青年に接近している若い農小婦の純粋なつつましい語気が聞かれるので、それで吾々は感にたえぬ程になるのだが、よく味えばやはり一般民謡の特質に触れるのである。併しこれだけの民謡を生んだのは、まさに世界第一流の民謡国だという証拠《しょうこ》である。なおこの巻に、「都武賀野《つむがぬ》に鈴が音《おと》きこゆ上志太《かむしだ》の殿の仲子《なかち》し鳥狩《とがり》すらしも」(三四三八)というのがあって、一しょにして鑑賞することが出来る。「仲子」は次男のことである。
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あしひきの山沢人《やまさはびと》の人多《ひとさは》にまなといふ児《こ》があやに愛《かな》しさ 〔巻十四・三四六二〕 東歌
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「足引の山沢人の」までは「人さはに」に続く序詞で、山の谿沢《たにさわ》に住んで居る人々、樵夫《きこり》などのたぐいをいう。「まなといふ児」は、可哀《かあい》いと評判されている娘ということである。そこで一首は、山沢人だち(序詞)おおぜいの人々が美しい可哀いと評判しているあの娘は、私にはこの上もなく可哀い、恋しい、というのである。この歌も普通と違ったところがある。自分の恋しているあの娘は人なかでも評判がいいというので内心喜ぶ心持もあり、人なかで評判のいい娘を私も恋しているので不安で苦しくもあるという気持もあるのである。山間に住《すみ》ついて働く人々の中にこういう民謡があったものと見える。「多麻河に曝《さら》す手作《てづくり》さらさらに何《なに》ぞこの児のここだ愛《かな》しき」(巻十四・三三七三)、「高麗錦《こまにしき》紐《ひ
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