するだろう、というのだが、やはりつまりはおれの妻になるのだということになる。疑問に云っているがつまりは自らに肯定する云い方である。古代民謡は、ただ悲観的に反省し諦念《ていねん》してしまわないのが普通だからである。それからこの小楢の如く美しいというのは、楢の若葉の感じである。結句|多賀家可母多牟《タカケカモタム》は、「手カケカモタム」(仙覚抄)、「高キカモタムニテ、高キハ夫ナリ。夫ハ妻ノタメニハ天ナレバ高キト云ヘリ」(代匠記)等と解したが、大神真潮《おおみわのましお》が、誰笥歟将持《タガケカモタム》の意に解し、古義で紹介した。「香具山は畝火を愛《を》しと」の解と共に永久不滅である。但し、拾穂抄《しゅうすいしょう》に既に、「誰が家《け》か持たむ」の説があるが、「笥」までは季吟《きぎん》も思い及ばなかったのである。
 第二の歌は、前にあった安蘇と同じ土地で、そこの河である。安蘇河の河原の石も踏まず、空から飛んでお前のところにやって来たのだ、何が何だか分からず宙を飛ぶような気持でやって来たのだから、これ程おもう俺《おれ》にお前の気持をいって呉れ、というので、「空ゆと来ぬ」が特殊ないい方で、今の言葉なら、「宙を飛んで来た」ぐらいになる。巻十二(二九五〇)に、「吾妹子が夜戸出《よとで》の光儀《すがた》見てしよりこころ空《そら》なり地《つち》は踏めども」も、足が地に着かず、宙を歩いているような気持をあらわしている。
 こういう歌は、当時の人々は楽々と作り、快く相伝えていたものとおもうが、現在の吾々は、ただそれを珍らしいと思うばかりでなく、技巧的にもひどく感心するのである。小楢の若葉の日光に透きとおるような柔かさと、女の膚膩《ふじ》の健康な血をとおしている具合とを合体せしめる感覚にも感心せしめられるし、「誰が笥か持たむ」という簡潔で、女の行為が男に接触する程な鮮明を保持せしめているいい方も、石も踏まずとことわって、さて虚空を飛んで来たという云い方も、一体何処にこういう技法力があるのだろうとおもう程である。ただもともと民謡だから、全体が軽妙に運ばれたもので、そこが個人的独詠歌などと違う点なのである。

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鈴《すず》が音《ね》の早馬駅《はゆまうまや》の堤井《つつみゐ》の水《みづ》をたまへな妹が直手《ただて》よ 〔巻十四・三四三九〕 東歌
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