、枕草子に、『もたぐるようにして』などと書いてあるところを見ると、あのあたりの平安朝女性もやはり蚤には相当悩まされたものと見える。
蚤は昼も出て来るけれども、大概夜出てくる。そうして暁方の五時ころからそろそろ逃げはじめる、そういう悧巧なところがある。そうして、あの赤褐色に光る奴が、まさに跳ね飛ぼうとする体勢の時が、一番美しいようだ。
DDTの発明は瑞西国人によって成されたということを聞いたが本当であろうか。いずれにしても大発明の一つである。僕のような蚤を恐れる人間でも、こういう薬の発明されたうえは、もう安心して蚤を客観的に取扱うことが出来る。ウィンのプラーテル、ベルリンのルナパークあたりでは、蚤の見世物があった。蚤に小さい砲車を引かせたりして、ワーテルロー出陣の場面だなどと説明するのは、邪気がなくておもしろい。そうしてもはや傍観的客観的見物的である。ところがいつぞや森鴎外の椋鳥通信を読むに、独逸の蚤を見世物のために亜米利加に連れて行こうとすると、亜米利加の為政者がそれを禁止したということが出ていた。独逸蚤との混血によって亜米利加蚤の性《たち》が悪くなるという学理に拠ったものであった
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