斎藤茂吉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蛹《さなぎ》に
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 蚤という昆虫は夏分になると至るところに居るが、安眠を妨害して、困りものである。
 生れ故郷の村にも蚤は沢山いたが、東京という大都会には蚤なんか居ないだろうと想像して、さて東京に来てみると、東京にも蚤が沢山いた。
 それは明治二十九年時分の話で、僕は浅草の三筋町に住んでいた。その家(浅草医院といった)の診察室に絨緞が敷いてあったが、その絨緞を一寸めくると、蚤の幼虫も沢山つかまえることが出来た。それから繭をつくって、蛹《さなぎ》になったのも居た。僕はそれ等をあつめ、重曹の明瓶などに飼っていたことがある。無論蚤の成虫もつかまえて飼って居た。時々前膊の皮膚に瓶《びん》の口《くち》を当てて血を吸わせたりする。蚤の雄《おす》が一瞬に飛ついて雌《めす》と交尾したりするありさまを見る。蛹がようやく色が濃くなって成虫になるありさまを見る。瓶の口には紙のふたをし、針でこまかい穴をあけて置けば死なずに居る。
 中学校を卒えて高等学校に入った。そこの寄宿寮に二年いたが、寝室に蚤が沢山いて安眠がどうしても出来
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