酢川おち』の日に、ただのひとりで川に遊びに来てゐたのである。
 八十吉は終《つひ》に蘇らなかつたことを下男が来て話して呉れた。八十吉のこの事があつた時父は他村に用足しに行つて、日暮時に入つてやうやく帰つて来た。父の顔を見るや否や、あわてて僕は父の側に行き、八十吉の溺《おぼ》れる有様、それから八十吉を水から揚げてから、藁火《わらび》をどんどん焚《た》いて、身の皮のあぶれる程八十吉を温めたこと、八十吉の肛門《かうもん》から煙管《きせる》を入れて煙草《たばこ》のけむりを骨折つて吹き込んだこと、さういふことを息をはずませながら話をした。
『八十吉の尻《けつ》の穴さ煙管が五本も六本もずぼずぼ這入《はひ》つたどつす。ほして、煙草の煙《けむ》が口からもうもう出るまで吹いたどつす』
 かういふ僕の話を聞いてゐた父は、どうしたのか一ことも云はずにいきなりと僕をにらめつけるやうな顔をして、僕は予期しない父の此の行為に驚愕《きやうがく》するいとまもなく、父はあたふたと著物《きもの》を著換へて出て行つてしまつた。祖母も母もみんな八十吉の家につめ切つてゐた時である。
 僕は父の歿した時、民顕《ミユンヘン》の仮寓
前へ 次へ
全54ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング