ものも居た。『窮理の学』といふことがそれらの教員の口から云はれた。父は冬の藁為事《わらしごと》の暇に教員のところに遊びに行くと、今しがた届いたばかりだといふ三稜鏡《さんりようきやう》を見せられた。さうして日光といふものは斯《か》うして七色の光から出来て居る。虹《にじ》の立つのはつまりそれだ。洋語ではこれをスペクトラと謂《い》つて七つの綾《あや》の光といふことである。旧弊ものは来迎《らいがう》の光だの何のと謂ふが、あれは木偶法印《でくほふいん》に食はされてゐるのだ。教員は信心ぶかい父のまへにかう云つて気焔《きえん》を吐いた。
父は切《しき》りにその三稜鏡をいぢつてゐたが、特別に為掛《しかけ》も無く、からくりも見つからない。しかしそれで太陽を透《すか》して見ると、なるほど七|綾《りよう》の光があらはれる。
父は暫《しばら》く三稜鏡をいぢつてゐたが、ふと其《それ》を以《もつ》て炉の火を覗《のぞ》いた。すると意外にも炉の炎がやはり七つの綾になつて見える。父は忽《たちま》ち胸に動悸《どうき》をさせながら、これは、きりしたん伴天連《ばてれん》の為業《しわざ》であるから念力で片付けようと思つた。
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