怒り、何でも狐のことをひどく勿体無《もつたいな》がつたことをおぼえてゐる。
父は痰を病んでから、いつのまにか何かの神に願《ぐわん》を掛けて好きなものを断つことを盟《ちか》つた。ただ、酒も飲まず煙草《たばこ》も吸はぬ父は、つひに納豆《なつとう》を食ふことを罷《や》めた。幾十年も納豆を食ふことを罷めて、もう年寄になつてから或る日納豆を食つたが、どうも痰に好くない。また痰がおこりさうだなどと云つたことがある。父はその時から命のをはるまで納豆を食はずにしまつただらうと僕はおもふ。父は食べものの精進《しやうじん》もした。併《しか》しさういふ普通の精進の魚肉《ぎよにく》を食はぬほかに穀断《ごくだち》、塩断《しほだち》などもした。みんなが大根を味噌《みそ》で煮たり、鮭の卵の汁などを拵《こしら》へて食べてゐるのに、父はただ飯に白砂糖をかけて食べることなどもあつた。併し僕には何のために父がそんな真似を為《す》るかが分からなかつた。
3 新道
六歳ぐらゐになつた僕を背負つて、父は早坂新道《はやさかしんだう》を越えて上山《かみのやま》へ向つて歩いた。雨あがりの道はよく固まつて、天がよく晴れて
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