ると三四の雀《すずめ》が勢よく飛んで来てそれを争つたことをおぼえてゐる。痰と生薑とに何かの因縁《いんねん》があるやうにも思へたがそれが穉《をさな》い僕には分からない。それから大分《だいぶ》経《た》つて僕は東京にのぼるやうになり、好んで浪花節《なにはぶし》を聞いた。浪花節かたりは、『せめて生薑の一へげも』といふことをうたふ。その度ごとに僕は父の痰のことを追憶した。医学を学んでから僕は漢方《かんぱう》または民間|医方《いはう》に興味をもつたこともある。さて生薑のことを注意するに、『思※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1−92−58]《しばく》の云《いは》く。八九月に多く食へば、春にいたりて眼を病む。寿《いのち》を損じ筋力を減らす。妊婦《はらみをんな》これを食へばその子|六指《むつゆび》ならしむ』なんぞと説明したのもあつて僕を驚かしたが、多くの漢医方には、生薑に開痰《かいたん》の作用あることが説いてある。痰火《たんくわ》の条《くだり》に薑汁を用ゐることもあり、治[#二]寒痰咳嗽[#一]といふ句もあり、導痰丸《だうたんぐわん》、導痰|湯《たう》などの処方もあるので、父が砂糖生薑をしまつてゐ
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