物を要求する。私の膳から食べものを盗んで食べる。叱つても叱り甲斐《がひ》がない。そこで私は二階に膳を運んで錠をおろし、孤独で食べる。可愛い孫の所做《しよさ》がこんなにうるさいのだから、私はよほど孤独の食事が好きと見える。美女の給仕などを毫《がう》も要求しないのは寧《むし》ろ先天的といはなければならない。
私の孫が幾つぐらゐのとき、私はこの世から暇乞《いとまご》ひせなければならないだらうか。人間の小さい時には親に死なれても、涙など出ないものである。即《すなは》ち、大人のやうに強い悲しみが無いものである。明治二十四年、私の祖父が歿した。夜半過ぎて息を引きとり、そのとき祖母も母も泣いてゐたが、私(即ち孫)は、涙がすこしも出なかつた。炬燵《こたつ》の布団の中にもぐりながら、祖母なんかがどうしてあんなに泣くかと思つたことがある。そのとき私は既に小学校に入つてゐたのであるが、祖父の死に際してそんなに悲しくなかつたといふ、追憶が浮んでくるのである。
私が死んだなら、小さい孫どもはさぞ歎くだらうなどとおもふのは、ほしいままな自己的な想像に過ぎない。孫どもはかういふ老翁の死などには悲歎することなく、
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