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「さやうなら」
 こんな会話がとりかはされた。その男は、幸福に、so grosse といふ形容詞をつけて、両手を大きくひろげて見せたりした。
 Kobenzl は、維也納の背後に控へてゐる、いはゆる維也納森林帯《ウイネルワルド》の一部をなしてゐる山峰である。Kahlenberg《カーレンベルク》, Leopoldsberg《レオポルヅベルク》, Hermannskogel《ヘルマンスコーゲル》 などはその姉妹山峰と看做《みな》していい。維也納の背後に維也納森林帯のあるのは、伯林《ベルリン》の背後に緑林帯《グリユーネワルド》のあるにひとしい。ただ緑林帯の稍人工的なるに比して、維也納森林帯はおのづからなる寂びと落付とをもつてゐる。
 僕は Kobenzl にたどりついた。僕は太陽に向つて開運をいのつた。少年のころ、東海の生れ故郷でしたやうに、異邦の山上にたどりついて、目を瞑《つぶ》り首を垂れたのであつた。すると細い細い絹糸のやうな悲哀がこころの奥からいでてくるのをおぼえた。
 そこの家かげに残つてゐる堅雪のうへで、童子どもがスキーの真似ごとをして遊んでゐる。棒きれを足にくくり付けて辷
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