の字点、1−2−22]散歩もして、底の見えるまで澄んだ最上川を見おろすことがあつても、つひぞ鯉の姿を見たことがなかつたからである。
 然るに友人は、安蔵のこの話に継いで、去年の六月ごろ、三尺に余る真鯉を売りに来たが、余り大きいので却つて気味悪がつて買はなかつたが、胴のところは八寸ぐらゐはあつたらう。そのとき、『酒一升に、金五円呉れ』と売りに来たものが云つたといふことをも話した。この友人は酒を醸す人で、法螺など吹く人ではなかつた。
 又今年になつてから別な友人が、やはりヘグリあたりで捕へたといふ真鯉で、二尺七八寸あるのを売りに来てそれを買つた話をした。一日ばかり泉水に入れて置いたが、弱つたので三軒の親類に分けて食べた。二尺七寸の鯉といへば実物は非常に大きく感じるさうである。又余り大きい鯉は味がわるいなどといふ人もあるが、肉が緊まつてなかなかの美味であつたさうである。さうして見れば、最上川、特にヘグリあたりの最上川に大鯉の居ることは確かであり、最上川の流を泳ぐ鯉は大きくとも味が可良であるといふことも確かになつたわけである。
 ところが、今年の九月、関東地方の大水害のあつたとき、やはり最上川
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