で、「うそをつけ。一つ試めして、からかつてやらう」と、いきなりこの僭越至極なレストランのドアに手を掛けて飛込んだといふことは確に想像されていゝ。
 岩村さんは名家の出で、豁達で、皮肉で、隨分口も惡かつた。それでゐて世話好きで、親切氣があつて、いつでも人を率ゐてゆく勝れた天分があつた。
 龍土軒の女將は後になつてわたくしにこんなことを云つて聞かせた。「岩村さんはほんとに氣さくで面白いお方と思つてをります。でも始めて宅の店へお出くださつた時は、御冗談だとは思ひましても、どんなにか腹を立てましたことやら。何しろかうでしよう。お迎へするとだしぬけに、お前のところは佛蘭西料理ださうだが、をかしいね、三聯隊の近所だから多分兵食だらうつて、かうおつしやるぢやありませんか。それではどの邊の御注文にいたしましようかとおたづねしますと、さうだな、どうせ兵食なら一番下等がよからうつて、どこまでも店を見縊つておいでゝすから、わたくしも餘りのことにむしやくしやして、料理場で主人にさう申しますと、主人もあの氣性で大層つむじを曲げましたが、店としてはどなたに限らず大切なお客樣といふことに變りはありませんから、思ひ直
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