といふ洒落である。今度の會に巖谷小波さんや岡野知十さんの出席を見たのも珍らしかつた。巖谷さんはこの席上で「變客蠻來」と、達筆で額を一枚書いた。龍土軒がこの書をどう處置したか知るところがない。わたくしは豫て龍土軒發見の由來に就いて、噂には聞いてゐたが、この日始めて、さしも名だたる佛蘭西御料理の店の閾をまたいだのである。
龍土軒發見といへば少し言草が仰山であるかも知れない。然しながらこの發見の主人公が飄逸な岩村透さんであつて見れば、そこにはいとど興味ある一條のいきさつが繋がつてゐるのである。岩村さんは再度の外遊から歸朝して未だ幾年もたゝなかつたことであらう。本場仕込のこの大通人の目さきに如何にも取すました看板がちらついた。新龍土町といへば三聯隊前で、決して風雅ではない町である。表通りから少し引込んだ道の片側に、佛蘭西御料理と厚がましくも金文字の看板をあげてゐた店がふと目についた。岩村さんの住居はその頃芋洗坂下であつたから、この邊はさして遠くもないところである。多分散歩のをりでもあつたのだらう。同伴者があつたとすれば、岡田さん、和田さんあたりであらう。岩村さんはその金文字の看板をちらと睨ん
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