濃い汁が出る。その汁を地蔵尊の冷たい石の鼻の穴のあたりに塗り附けて見る。そうして手を拍《う》ち合《あ》って囃《はや》したてる。「鼻垂れ地蔵だ。やい」というのである。
鼻垂れ地蔵の由来は、結局そんな無邪気なざれ事で説明せられる。
鶴見はここでふっと考えついた。戦争も下り坂になったころ、べにや板の需要が急にふえて来たと共に、その接著料《せっちゃくりょう》が研究せられた。それには石蒜の球根がいちばん好いとなって、その採集に手を尽しているという事が、新聞紙で報道せられた。鶴見は今それを思い出したのである。
鼻垂れ地蔵の由来が航空機製造にまで応用せられるようになった。しかし考えて見ればそう不思議でもない。石蒜が人里近く繁殖しているということは、やがて石蒜に粘著料としての効用が認められていたからではあるまいか。何に使われたかは分らぬが、強《し》いて言えば、紡織とか染付《そめつけ》とかそういうような工業に一時利用せられたのかとも思われる。そうでなければその他に何か薬用があったものか。勿論これは鶴見が幾度もことわっているとおり、ただの思い附きに過ぎない。
とにもかくにも、その実用性を念頭に置く
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