夢は呼び交す
――黙子覚書――
蒲原有明

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)戦災に遭《あ》って、

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一方|悟道《ごどう》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)各※[#二の字点、1−2−22]
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  書冊の灰



 二月も末のことである。春が近づいたとはいいながらまだ寒いには寒い。老年になった鶴見には寒さは何よりも体にこたえる。湘南の地と呼ばれているものの、静岡で戦災に遭《あ》って、辛《つら》い思いをして、去年の秋やっとこの鎌倉へ移って来たばかりか、静岡地方と比べれば気温の差の著《いちじ》るしい最初の冬をいきなり越すことが危ぶまれて、それを苦労にして、耐乏生活を続けながら、どうやら今日まで故障もなく暮らして来たのである。珍らしく風邪一つひかない。好いあんばいに、おれも丈夫になったといって、鶴見はひとりで喜んでいる。
「梅がぽつぽつ咲き出して来たね。」
 鶴見は縁側《えんがわ》をゆっくり歩いて来て、
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