部屋に這入《はい》りしなに、老刀自《ろうとじ》に向って、だしぬけにこういった。静かに振舞っているかと見れば性急に何かするというようなのが、鶴見の癖である。
「梅がね。それ何というかな。花弁を円《まる》く畳み込んでいる、あの蕾《つぼみ》の表の皮。花包とでもいうのかな。紫がかった褐色の奴さ。あれが破れて、なかの乳白な粒々が霰《あられ》のように枝一ぱいに散らかって、その中で五、六輪咲き出したよ。魁《さきがけ》をしたが何かまだおずおずしているというような風情《ふぜい》だな。それに今朝《けさ》まで雨が降っていたろう。しっとりと濡れていて、今が一番見どころがあるね。殊《こと》に梅は咲き揃うと面白くなくなるよ。」
鶴見はいっぱしの手柄《てがら》でもした様子で、言葉を多くして、はずみをつけて、これだけの事を語り続けた。
「そうですか。だんだん暖くなって来ます。もう少しの辛抱でございますね。」
刀自はあっさりとそういったきりで、縫針《ぬいばり》の手を休めない。不足がちな足袋《たび》をせっせと綴《つづ》くっているのである。傍《そば》に置いてある電熱器もとかく電力が不調で、今も滅《き》えたようになってい
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