る。木炭は殆ど配給がなく、町に出たときコオライトというものを買って来て、臭《くさ》い煙の出るのを厭《いと》いながら、それを焚《た》いていたが、それさえ供給が絶えてから、この電熱器を備え付けたのである。
 しかしこの日はどうしたことか、鶴見は妙にはしゃいでいる。いつもの通り机の前に据《す》わって、刀自の為事《しごと》をする手を心地よく見つづけながら、また話しだした。
「あの梅を植えたときのことを覚えているかい。まだずぶの若木であったよ。それがどうだろう、あんな老木になっている。無理もないね。あの関東大震災から二十年以上にもなるからな。」
 そういって感慨に耽《ふけ》っているようであるが心は朗《ほが》らかである。鶴見は自分の年とったことは余り考えずに、梅の老木になって栄えているのを喜んでいる。
 鶴見は震災後静岡へ行って、そこで居ついていたが、前にもいった通り戦火に脅《おびや》かされて丸裸になり、ちょうど渡鳥が本能でするように、またもとの古巣に舞い戻って来たのである。かれにはそうするつもりは全くなかったのであるが、ふとしてそういうことになったのを、必然の筋道に牽《ひ》かされたものとして解釈
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