他の諸家の文とを較べるまでもなく、その差異の主要な部分はその香気の有無にある。語法を分解して考えて見れば、その秘密はどうやら助辞や助動詞の間にあるようにも推測されぬでもない。しかしそれがどうしてあれだけの品位を添えて、他と全く区別されるのか、やはり分らない。無駄を避け簡勁《かんけい》を旨とする鴎外の文章に煩《わずらわ》しい修辞を容れるはずもない。
鶴見はその本《もと》づくところを久しく探求していた後に、外面の修辞にこれを求めても得られないということを知った。それはまさしく作者の内心の夢の醸《かも》し出《だ》した薫香の反映であり反響である。秘密はこの一事より外にあろうはずはない。鶴見は漸くにしてそれを悟った。それにしても一の夢から醒めてまた一つの夢に入ったような心持のするのを禁じ得ないのである。
鴎外といえども近代人である。そのわけは古典人ではあり得ないということである。夙《はや》く養い来ったニルアドミラリの精神は必然の径路を履《ふ》んで自己をあそび[#「あそび」に傍点]の中に韜晦する。あそび[#「あそび」に傍点]即ち芸術である。信を他に置くことの出来ない近代人は自己を信ずるより外
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