を咲かす。秋ともなれば急に花茎だけが地中から伸長した。葉はまだ出していない。そしてあの反《そ》り返《かえ》った細弁の真紅の巻き花が、物の見事に出現した。驚いたのは島人で、夢ではなかろうかと訝《いぶ》かった。この海中の一小島がまさに楽園の観を呈したのである。こうなって見れば、これが日本で忌まれた死人花とは思われない。
物の伝播にはそんな不思議な機運がある。いわんや文化の伝播にはもっと自在で不測な交流が行われていたはずだといっても好いのではあるまいか。
鶴見はこの頃鴎外の書いたものをずっと読みつづけている。『阿部一族』の中で、高見権右衛門が討手《うって》の総勢を率いて引き上げて来て、松野右京の邸《やしき》の書院の庭で主君の光尚《みつひさ》に謁《えっ》して討手の状況を言上《ごんじょう》する一段のところで、丁度卯の花が真白に咲いている垣の間に小さい枝折戸《しおりど》のあるのを開けて這入《はい》ったと、先ずその境地が叙してある。書いてあることは何の造作《ぞうさ》もないように見えてかえって印象が鮮やかだ。寛永十九年七月二十一日のことである。一つは卯の花の事を別段に考えていた関係もあったろうが
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