》であり、指先きである。役にも立たぬ雑草は彼の妄想でもあろう。そういう感じは年老いた今日までもまだ変っていない。
 鶴見は鎌を揮いながらさまざまな匂を嗅いだ。どんな草にもそれ相応の特色がある。同じ青臭さのうちにも一つ一つ違いがある。折から白い花を咲かせているどくだみ[#「どくだみ」に傍点]は、その根を引き抜くとき、麝香《じゃこう》のような、執念ぶかい烈しい薫《かおり》を漲《みなぎ》らす。嗅神経がこれを迎えて、遑《あわ》てていよいよ緊張する。鶴見はそれをあたかも幼馴染《おさななじみ》が齎らして来たもののように懐かしむのである。

 話が一度どくだみ[#「どくだみ」に傍点]の事になると、鶴見にはいつでも喚起される聯想《れんそう》のひとつがある。石川啄木に関することである。中央の詩界に華々しい初見参《ういげんざん》をした上に、なおも暫く活動をつづけていたが、やがてまた寂しく故郷の盛岡へ帰って行った直《す》ぐ後のことである。当時鶴見はどくだみ[#「どくだみ」に傍点]の詩を作って或る雑誌に寄稿した。啄木はその詩を読んだといって端書を一本送って来た。端書にはこういうことが書いてある。君はどくだみ[
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