た。この石はそこの村での或る信仰の対象物であったらしい。そう思って庭師にその事を訊《ただ》してみたが、庭師は夢にも知らぬといった。
 それはそれとして、据えられた大石を翌日になってじっと眺めていると、どうであろう。蜥蜴が一|疋《ぴき》、その岩の面を昇ったり降りたりしている。それが前からの遊びどころででもあったかのように、いかにも自適している。
 一体鶴見には偏好性があって、虫類では蜥蜴が第一、それから守宮《やもり》、蟷螂《かまきり》という順序である。静岡に住んでいた間は、それらの三者に殊に親しさを感じていた。
 前の歌はそんなわけで、そんな折によんだのである。

 濡縁に這い出した蜥蜴は日光を浴びて忽ちに現われ、また忽ちにして眼の前より隠れ去った。夢のような輪廻観に耽《ふけ》っていた折からでもあり、そこへあしらいに来たかと思われる蜥蜴を、鶴見はいよいよ親しいものにしている。そして朝目の好い徴として、この上もなく悦《よろこ》んでいる。
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  探求と観相



 鶴見はぐったりしている。
 あまり坐りつづけたので少し気を励ますために庭に出てみた。梅雨時《つゆどき》を繁りはび
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