《と》うさんの、そうだな、魂だよ。」
 静代は思いも掛けぬ父の言葉を受けてびっくりした。曾乃刀自は例によってただ笑っていた。
 蜥蜴はそのうちに忽ち姿を隠してしまった。
「おお」といったきり鶴見は黙っていたが、少し間を置いて、「あが蜥蜴まろ」といい足した。
[#天から3字下げ]庭つくりすゑしいはほをしが山と昇り降りすもあがとかげまろ
 鶴見はこんな歌を即興によんだことがある。その折のことをおおかた思い浮べているのだろう。
 静岡で家を新築する時のことであった。狭い借地に家を建てるので、家を主とすれば庭なぞというようなものは造れない。そこで鶴見は計画をめぐらした。僅《わずか》に十坪ぐらいの余地しか使えないのでは、花壇を拵《こしら》えるにしても、趣きを出すには寛《くつろ》ぎが足りなさ過ぎる。その上いけないことには、その地所は鍵の手に板塀で囲まれていた。板塀の外は街路で交通量が多い。何かにつけて殺風景である。それを逆に取って見るのも面白かろう。狭い庭に思いきり大木と大石とを配置して見よう。
 鶴見はそう思い附いて、庭師を呼んで、その処置をすっかり委《まか》せることにした。庭師は若い時分名古屋
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