のうちは少し取り附きにくい。それでも頁が進んで来るままに、文義を蔽《おお》うているかの如く見えた闇から脱して、読者はふいときらきらしい別天地に放り出される。今までにはあり得なかった暁《あかつき》が開けて来る。鶴見もまた、藤原|南家《なんけ》の一の嬢子《じょうし》と共に風雨の暴《あ》れ狂《くる》う夜中をさまよいぬいた挙句《あげく》の果、ここに始めて言おうようなき「朝目よき」光景を迎えて、その驚きを身に沁《し》みて感じているのである。
 鶴見は今『死者の書』の中でその事を叙述してある一段を想い起して太い息をつく。迢空《ちょうくう》さんが姫に考えさせた「朝目よし」の深い意義が彼が身にも犇《ひし》と伝って来るからである。姫の抱懐する心ばせには縦横に織り込まれる複雑な文彩が動いている。創造の意義である。それゆえに微妙であり清新である。その意義は絶えず生長して行く。

 人間には執心というのがある、この事ばかりはどんな障《さわ》りがあっても朽ちさせまいとする念願がある。それがやがて執心である。子代《こしろ》もなく名代《なしろ》もないその執心は、いわば反逆者の魂となって悶《もだ》え苦しむ。その執念を
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